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無料からお金を生み出した本当の話 1

無料からお金を生み出した本当の話 1


これから話をするストーリーは実際にあった話しです。

この話の中には、あなたのビジネスにも使うことが出来る仕組みが

かならずあると思います。


2つのストーリーを載せますので、どうぞ何度も読んでビジネスの

ヒントにして頂ければ幸いです。


ストーリー1

ウェド・ワードのマーケティング手法


1895年のある日、ニューヨーク州に住むウェートは、

台所のテーブルに座り、皿の中で固まったゼラチンをつついていた。


彼は当時、目新しいものだったパック食品の

ビジネスに参入したいと思っていた。


このゼラチンを美味しいものに出来れば、

お金になるかもしれないと考えたのだ。


ゼラチンを主成分とするニカワをつくる会社が、

数年前から副産物として食品用ゼラチンを

売っていたが、アメリカではまだ、広まっていない

それには、理由があった。

それは、手間の割に、それほど美味しくなかったからだ。


ウェイトは、それを人気を上げる方法はないかと考えた。


初期の食品用ゼラチンは、調理の時に、自由に味も色も付けられるのが、

良いと理由で、色も風味もなかったのです。


しかし、ウェイトは、風味を付けて売ったほうが良いと考えて、

果汁と砂糖、食品用染料を加えて、見た目も香りも魅力的な風味も付けた。


明るくカラフルなゼリーは、どんな食卓も華やかのするだろうと・・・


彼の妻 メイは、「ジェロ」と言う新しい名前をつけ、

箱詰めの商品とした。

だが、さっぱり売れなかった。


「ジェロ」は、あまりに馴染みのない、変わった食品だった。


家庭の主婦はこう思った。

「この新しいゼリーは何なの?」

「サラダに入れればいいの?」

「それとも、デザートにするの?」


2年間が立ち、ウェイトは、ジェロを売るべく奮闘したが、

上手くいかなかった。


1899年、彼は諦めてその商品を、

同じ街に住む、ウッド・ワードに450ドルで、売った。


しかし、そんなウッド・ワードも粉末ゼラチンの

市場開拓するのには、苦労した。


商店では、ほとんどすべての商品を後ろに置き、

客が商品名を言って購入するスタイルが、

この時代の一般的販売法で、新しいジャンルで、

馴染みのない名前の商品を売るのは、

かなり難しいことだった。


売上は低迷し、落胆したウッドワードは、

ニコにこの商品を35ドルで、買ってくれないかと、

申し込んだ、だが、ニコは断った。


最大の問題は、消費者が、「ジェロ」を知らないこと。

どう使えばいいにか、知らないことだった。


消費者が知らなければ、商品が仕入れることはない。


他社の重曹やパン酵母などは、新しく登場した箱入り食品には、

必ずその調理方法を記した小冊子をオマケとして付けていた。


ウッド・ワードは、ジェロの使い方を教えるレシピ本が、

その需要を作ると思ったが、どうしたら、主婦にレシピ本を

観てくれるのかが解らなかった。


商品に付けようにも、商品が売れなければ意味が無いからだ。


そこで、1902年に、ウェド・ワードはは、新しい作戦に挑戦した。


まず、336ドルを出して、婦人向け雑誌に、8センチ程度の広告を載せた。


そこで、ジェロは「今アメリカでもっともに人気のデザート」と

いう誇大な広告がなされた。


この新しいデザートは、「ホイップクリームや薄いカスタードを

載せるだけで出来上がり! もっと豪華にしたければ、

お好みで何百種類もの食材と組み合わせ可能です」と

広告に載せた。


そして様々な組み合わせを紹介したイラスト入りのジェロの

レシピ本を1万冊刷って、各家庭に無料で配るように

セールスマンに渡した。


この方法は、セールスマンが抱える

大きな問題を回避する賢い方法だった。


それは、馬車で国中を回るセールスマンは、

たいてい度の街でも、高い費用を払って、

セールスマンのライセンスを取得しなければ、

戸別訪問販売を禁じられていたからだ。


しかし、このレシピ本は、無料で配るので、

セールスには当てはまらない。


彼らは、各家庭のドアを叩いて、その家の主婦に

レシピ本を渡した。


ジェロの原価に比べれば、冊子を作るほうが安くつくのだ。


試供品を配る余裕はなかったので、

ウェド・ワードは、次善の策をとったのだ。


つまり、ジェロを買った時にだけ必要になる

情報を消費者に無用で提供したのだ。


次に、レシピ本を配り終えると、

セールスマンは、商店を訪れて、

まもなくジェロという新商品を買い求める客が

押し寄せてくるから、商品を揃えておいたほうがいいと

売り込んでいった。


こうして、荷台に積んでいたジェロの箱は、

ようやく捌け始めたのだ。


1904年まで、そのキャンペーンは爆発的な成功を収めた。


2年後には、年間100万ドル売り上げるセット商品となった。


広告には、ジェロガールを登場させ、

レシピ本は大人気になった。


1年に1500万部を印刷した年もあり、

最初の25年間で、アメリカの家庭に2億5000万部を刷った。


ジェロは、アメリカに普及し、

どの家庭のキッチンにも置かれるものになった。


そして、20世紀で最も、

強力なマーケティング手法のひとつが誕生した。


すなわち、あるものをタダで上げることで、

別のものの需要を作ることだ。


ウェド・ワードが、理解したのは、

「無料」という言葉が特別な力を持つことだった。


その言葉は、消費者の心理を変え、

新しい市場を作り出し、古い市場を壊し、

ほぼどんな商品でも、魅力的ん意味せることが出来る事。


ウェド・ワードは、また、「無料=儲からない」

ことではないことも解っていた。


商品から利益を得る道が、単に間接的になるだけのことを。


それは後に、小売業界では、「特売品」と言う

概念として、一般的になったのです。


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